旧正月

旧の正月は沖縄の久高島で過ごした。

沖縄は本土の影響を受けて、那覇あたりは新正月で年を祝うようになったが
糸満や北のやんばるあたりでは、旧正月で年を祝う風習が残っている。
農作業を営む人たちにとっては旧暦はとてもありがたいらしい。

今年は1才8カ月になるチビちゃんが神戸からくっついてきました。知り合いの子供なんだけど、頭がよくて赤ちゃんなのに算数はできるわ、ひらがな読めるわ、とにかく勉強好きのかわいい子です。
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正月太り

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まずいな〜〜
年末から暴飲暴食したので+2キロ。
明日からジョギング開始。スタッフのMちゃん、こんどは京都マラソンに出るらしい。
19才。勉強よりも走りに目覚めたのかな?

この写真は1992年ブダペスト。オリンパスペンF
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シルクロードへ

1973年にシルクロードへ行ったきっかけで、それから毎年のように撮影に出かけた。
NHKのシルクロードがはじまるずいぶん前のことである。
1977年は8カ月近くシルクロードを彷徨った。
イスタンブールの居心地のよさに3カ月も滞在してしまった。そのころは人ばっかり撮っていた。笑顔、カメラ目線になる前が一番のシャッターチャンスだと肌で感じた。

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はじめてのLeica

 学生のころはASAHI PENTAX SP を使っていた。

 ボロボロになったSPがいまも私の手元にある。自分が使ったカメラはとても愛着があるので手放すことはめったにない。そのあと使ったのはNIKON F これもかなり凸凹だが愛着があって置いている。

 22、3才のころ原宿に住んでいて、先輩写真家たちによく居酒屋に連れていかれた。平地勲氏とは毎晩のように酒を酌み交わしながら温泉芸者の話しを聞かされた。先輩たちはこぞって塗料が禿げたライカをぶらさげていた。

 それが、またすごく馴染んでいて格好よかったわけである。一人前じゃないのにLeicaを持つのはまだ早いとよく言われた。休みの日に銀座まで出ては、中古カメラ店で眺めるだけであった。長野重吉氏の撮影の助手をする機会があって、1週間ほど奈良に同行した。先生もやはりLeicaで撮っていた。雑誌「太陽」の見開きページはライカで撮った写真であった。4x5フィルムを越えるぐらいの描写力に私は驚いた。当時はKR(コダクローム、25と64)という最高のフィルムがあったこともあるが、ズミルックスの描写は凄かった。

取材から帰ると私はさっそく銀座に向かった。最初に買ったLeicaはM2のブラックペイントであった。スキヤカメラの忠さんが私のために保管してくれていたのである。

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20才のころの写真

よく人に写真歴は?と聞かれることがある。
写真の仕事をはじめたころか、または初めてカメラを手に持ったころなのか
はたと考えて込んでしまうことがある。

5才の頃から祖父のカメラを借りて写真を撮りはじめているから、適当にxx年前だと答えている。

なにが撮るのが得意なのかと聞かれることも多い。それも小さい頃から興味があるものはなんでも撮っていたので、地球上に存在するものならなんでも撮りたいと答えている。

いちばん難しい被写体はやっぱり人間だ。
最近は肖像権やらいろいろうるさい問題がありますが、ストリートフォトが一番わくわくするよ。

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2012

今年は海外移住の準備だ。

まずは語学の勉強。

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LENS

 防湿庫のなかにある大型カメラ用のレンズをぜんぶ取り出してチェック。ぜんぶで28本出てきた。

 ずいぶん長い間使ってないレンズもあった。いい機会なのですべて自分で出来る限りの掃除をする。
埃を払って細心の注意を払って磨く。
 なぜかジンマー360mmが2本出てきた。数年前、写真館を閉鎖した友人が、使えるものがあれば使ってくれとダンボール3箱送ってくれたなかにあったやつだ。番号を控えて再び防湿庫に。
 シャッターの調子が悪いレンズが2本あった。あんまり使わないレンズなのでオーバーホールするのか、しないかで迷っている。

 夜、家に戻ってきたのが21時すぎ。熱燗。体が暖まるね。明日は大晦日か、、、、、、

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大掃除

2年間たまったゴミを捨てて、仕事場はだいぶきれいになってきた。

ただいま暗室内は
Focomat lc X2
Focomat llc
Omega 4X5
Ilford 500H
Lucky 90M-D
Fuji S69

自宅暗室には
DURST 1840
DURST 1200
Beseler 810

あと行き場がなくなった引伸し機が5台。とりあえず4Fの部屋に放り込んだ。
カメラ機材など、どうも捨てられないんですよね。
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NEWS..1205

 15年前に南青山と鎌倉ではじめたフォトギャラリー(THE RIGHT GALLERY)で私は数多くのオリジナルプリントを海外から買い集め、そしてそれらを売りさばいていた。
 身近なアートとして徐々に浸透しつつあった写真は、多くのクリエイターたちに支持され、オリジナルプリントを購入する人が増えてきたからだ。

 日本もやっと欧米並みに写真アートが理解されたのかと思いきや、買い手がばったりと途絶えた。経済の落ち込みとリーマンショックの影響もあって、人々の心に写真アートを愉しむという心の余裕がなくなったからであろう。

 逆に海外市場のオリジナルプリントの高騰で、むかし私から買った写真を売って欲しいという依頼が増えてきた。そういうわけで、写真がどんどん増えてきて、いまやギャラリーと自宅は額と写真の山で脚が踏み入れる場もないぐらい雑然としている。

 これはまずいと気づき、自宅をリフォームしてプチミュージアムをつくる決心をした。写真にかぎらず、アートのレクチャーも開催して面白い場所にしようと思っている。     Liren Ritz
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CAMERA

 知り合いが昔しつくってくれていたBlog
 放置状態だった。
 忘れてるんだったら削除するぞ!っと言われて、はじめて気がついた。まずいですね(笑)
 
 神戸に来る前、サーシャンと葉山にいた時2002〜2007までの記録だった。
最後の書き込み以外は非公開にして、また改めて同じタイトルで書きはじめることにする。
長いブランクのあいだ、私たちは葉山から神戸へ、そして介護のため沖縄へと流れ流れた。ネットの時代はどんどん変化してツィッターやらFaceBookと、友人たちは誘いのメールがくる。

 RITZのNEWSはギャラリー&ダークルーム関連。ここは、あくまでも個人的な写真ノートと言ったかんじにする。

 僕は5才ぐらいから写真を撮りはじめたので、それまで撮っネガは別荘の暗室に山のように積み重ねられていた。整理するのに大変だ。
 高校を卒業して東京に出たあとも撮り続けて、ネガはどんどん増え続けていく。ふう〜〜デジタルじゃない時代に生きていて僕はラッキーだったなと思う。ネガはいまだに語りかけてくるからだ。
 その時代の風を運んできてくれるから正直ほっとする。

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